大合唱アンセムと共に守護天使はあり
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ブラインド・ガーディアン(Blind Guardian)はドイツ産パワーメタルそしてスピードメタル先駆者の一角として確固たる地位を築き上げてきたベテランバンドで、西洋のファンタジー作品(トールキンやスティーヴン・キング、様々なSF映画等)にインスパイアされたエピックな楽曲をクラシックやシンフォニー要素を織り交ぜて製作するスタイルが持ち味になっている。
もともとは1984年にルシファ・ヘリテイジ(Lucifer’s Heritage)の名でドイツのクレーフェルト(Krefeld)で結成されたが、バンドが No Remorse Records と契約したあとすぐ悪魔崇拝の憶測を受けることを避けるためブラインド・ガーディアンへと改名した。同時期にアメリカで活躍していたプログレッシブメタルバンド Fates Warning の 3rdアルバム『Awaken the Guardian』にインスパイアされたものだった。
前身バンドの結成からデビューアルバムまではメンバーの入れ替わりも激しかったが、2枚のデモを出したのち、1988年に1stアルバム『Battalions of Fear』をリリースする頃にはベース兼リードヴォーカルにハンズィ・キアシュ(Hansi Kürsch)、リードギターにアンドレ・オルブリッチ(André Olbrich)、サイドギターにマーカス・ズィーペン(Marcus Siepen)、ドラムスにトーマス・”トーメン”・スタッシュ(Thomen ‘Thomen’ Stauch)の4人編成でスタートを切る。
この当時、すでにパワーメタルからスピードメタルへと進化して盤石の地位を築きつつあった同胞ハロウィン(Helloween)を完全に意識したもので、必然的に両者は緊密な関係を持つに至り、ハロウィン創設者であったカイ・ハンセン(Kai Hansen)がブラインド・ガーディアンの2ndアルバム『Follow the Blind』(1989年)にもゲスト参加するなど交流を深めていく(その後3rd, 4thにも参加)
この2ndアルバムでは徹底的にスピードを追求したような作りとなっておりアメリカからスラッシュメタルの影響も受けていたようだが、3rd『Tales from the Twilight World』(1990)ではスピードを突き詰めるのではなく、よりメロディアスで重厚なコーラスや荘厳なクラシック音楽の影響を大きく取り入れるようになった。このことが結果的にブラインド・ガーディアンのバンドスタイルやイメージの方向性を決めるターニングポイントとなった。
そしてこの4thアルバム『Somewhere Far Beyond』でそのバンドスタイルを確固たるものにする。
このジャケットアートと収録されている2曲の「吟遊詩人の唄」(Bard’s Songs)から、以降ブラインド・ガーディアンには「Bard=吟遊詩人」という二つ名が用いられるようになり、当時のファンクラブ名も 「Circle of the Birds」と名付けられた。逆にハンシ・キュルシュも自分達のファンを総称して「Bards」と呼ぶなど、これがブラインド・ガーディアンを象徴するキーワードとなる。
そしてこの4thアルバムでバンドはスピードメタルで培ったテクニックを駆使しながらも、パワーメタルに軸足を置いてコーラスやクラシック要素を用いた独自のサウンドスタイルを作り上ることに成功している。
自らのバンドサウンドを確立した作品はヨーロッパを中心に大きく評価されたが、当時すでにハロウィンで人気を得ていた日本のメタルマーケットでも反響が大きく、ブラインド・ガーディアン初の海外公演を日本で敢行。1993年の厚生年金ホールとNHKホールでのライブ録音は『Tokyo Tales』(邦題:トーキョー・テイルズ)としてリリースされることになる。
またアメリカ市場においても彼等の名前を一気に浸透させる作品となった。スラッシュメタルのムーヴメントが去り、ヒップホップやラップ、ハードコアパンクの影響を受けたヘビィネスへの変遷は、結果として古くからのメタルファンを失望させた。そうした80年代からのメタルファンにとって90年代におけるブラインド・ガーディアンのメロディアスで様式美を突き詰めた作品はまさにあるべきメタルの守護であり大いに歓迎されることになった。
アルバムの前半を飾る M-1. “Time What Is Time” や M-2. “Journey Through the Dark” では初期2枚のお株をそのまま引き継ぐようなスピードメタルとなっている。
ところが『ツインピークス』にインスパイアされたという M-3. “Black Chamber” に入ると様相が一変する。美しいピアノソロをバックにキアシュが多彩な唱法で歌い上げると、続く M-4. “Theatre of Pain” ではブラスとストリングによるオーケストラで幕を開けて曲はゆったりと勇壮に展開する。
アルバム中盤では M-5. “Ashes to Ashes” 再びスピード感を増すが、ここでもコーラスを多用したサビやギターのユニゾンがこれまでのスピード一辺倒とは違ったドラマチックな展開を感じさせる。
しかしアルバム最大のクライマックスはトールキン『ホビットの冒険』を題材として「吟遊詩人の唄=The Bard’s Sond」を冠した2つの組曲で、 M-6. “The Bard’s Song – In The Forest” では、時に優しく寄り添い囁くように唄い、時に大きく声を張って唄いあげるキアシュの独唱とコーラスがアコースティックギターとハープやストリングの調べに乗せて淡々と続く。このナンバーを単独で云えば、もはやメタルでもなんでもなく、まさに吟遊詩人による詩の朗唱であり抒情詩なのだ。やがてこれは M-7. “The Bird’s Song – The Hobbit” に引き継がれ、物語を象徴する主題がパワーメタルへと昇華していく。
このコンセプチュアルな一連の流れにファンは熱狂した。
そのため Spotify でもこのM-6.の再生数がアルバムの中で圧倒的に多い(2023年12月現在で389万回超)。それはこの曲こそ彼等のライブになると聴衆がこぞって一緒に大合唱する、ブラインド・ガーディアンのまさにアンセムとなっているからだ。(動画では本作からはM-6のみ。もう一曲はまた別のアンセムだ笑)
アルバム後半に収録されている唯一のインストルメンタル曲 M-9. “The Pipe’s Calling” は「クイーンズ・オウン・(キャメロン)・ハイランダーズ」として名高いイギリス陸軍第79歩兵連隊のバグパイプ行進曲が一部だがそのまま収録されている。
ナポレオン戦争以前から編成されている伝統ある英国の精鋭部隊で、ヴィクトリア女王の命名によりこの別名で呼ばれるようになった。WWIでは西部戦線に従軍、アイルランド独立戦争・パレスチナ・エジプト・インドなど英国の植民地政策を支えた。WWIIで第1大隊はフランスに派遣され、あのダンケルクの戦いで辛くも本国に撤退。その後終戦まではビルマ戦線に転戦して旧日本軍と戦った。第5大隊はノルマンディ上陸作戦からカーンの戦いを経てバルジの戦いにも轡を並べている。
Queen’s Own Cameron Highlanders – Wikipedia
このバグパイプの調べはアルバムラストを飾るタイトル曲 M-10. “Somewhere Far Beyond” にも挿入され(3’50” あたりから)最後はまた叙情的なギターリックとコーラスが印象的なスピードメタルで幕を下ろす。
とにかくこのアルバムは全編を通して聴いて欲しい作品だ。それぞれの楽曲はインスパイアされた元ネタやテーマが異なるため決してコンセプトアルバムではないのだが、ブラインド・ガーディアンがそのバンドのアイデンティティを確立した唯一無二の音楽的アプローチが1枚のアルバムとして完成されている。
なおCD盤ボーナストラックには、クイーン(Queen)のカバー曲 M-11. “Spread Your Wings” やイギリスNWOBHMムーブメントでスラッシュ、スピードメタルの先駆的存在とも云われる異端児セイタン(Satan)のカバー曲(M-12.)も収録されておりマニアックな興味をそそるが、まずは1曲目から10曲目までのオリジナルLPの完成度を是非堪能して欲しい。
Origin : | Krefeld, Germany |
Released : | 1992. 6. 29 |
Label : | Virgin Records, Century Media Records |
Producer : | Kalle Trapp |
Studio : | Karo Studios |