ブラックゲイズという夜明け
#0041
アルセスト(Alcest)はネージュ(Neige Stéphane Paut)を中心とするフランス産 Post-Metal プロジェクト。2000年にブラックメタルのソロプロジェクトとしてスタートしたときはトリオ編成による原始的なブラックメタルをプレイしていたが、2001年の1stデモをリリース後に2人のメンバーが脱退。ネージュが唯一のメンバーとなってしまった。
以来ネージュが唯一の固定メンバーとして8年間活動していたが 2009年にドラマーとしてヴィンターハルター(Winterhalter)が加入。現在は2人体制で活動している。
アルセストというバンド名は、17世紀ブルボン朝時代に書かれた戯曲で、モリエールの『人間嫌い:あるいは怒りっぽい恋』に登場する主人公アルセストに由来する。ネージュによるとその「幽玄な」名前の響きがよかったこと、プロジェクトのコンセプトを表していることからこの名前を使うことにしたそうだ。
アルセストは Prophecy Production とサインをしたのち 2007年8月にこのデビューアルバムとなる『Souvenirs d’un autre monde』(英訳:Memories From Another World)をリリースする。
このタイトルは、ネージュが幼少の頃より夢想してきた憧れの空想世界を巡る旅の記憶を意味している。
収録されているのは僅かに6曲であるが、いずれも6分あるいは7分を超える長尺曲となっている。透明感のあるアコースティックギター、激しく歪んでいるが清清粛々と掻き鳴らされるディストーションギター、そして深いリバーブでバックグラウンドで浮遊しているようなヴォーカルが不思議なハーモニーと空気感を醸し出している。
まるで真っ暗な森で一夜を過ごしたあとに迎えた夜明けのような、朝露の清々しさと鳥の囀りを聞いているかのような気持ちになる。
ネージュ自身がかつてブラックメタルをプレイしていたことを彷彿とさせる深淵を覗き込むようなギターリフの没入感に、新たにシューゲイザーというメロウで甘美な表現を取り入れることで、内なる絶望感ではなく平穏でノスタルジックな音楽世界に塗り替えてみせている。
彼がこのプロジェクトでデビューするにあたり求めたものは、シューゲイザー要素を強めたブラックメタルであり、それは「思考する人間によるメタル」と云われた”ポストメタル”の一翼を担うものとして「ブラックゲイズ」と呼ばれるようになる。
アルセストのこの試みは、本来激しいメタル音楽が心底好きな多くのメタルヘッズからも高い評価を受け、日本においても日本盤邦題『別世界への追慕』として発売された。(現在これは廃盤のため輸入盤か中古でのみ入手可能)
ブラックメタルがどんどんと内向的破滅的にのめり込んでいくうち、やがてこうした内面的な変化に至り、その音楽性が全く別次元にシフトしたのかと考えると興味深い。
そしてこのアルバムを聴いていると深い安堵感と優しい穏やかな空気に癒やされる。このアルバムジャケットがその情景をよく表しているのではないだろうか。
Origin : | France ![]() |
Released : | 2007 8. 8 |
Label : | Prophecy Productions |
Producer : | Martin Koller |